倉鉢徹のページ: 江戸時代の森林保護
 

2009年09月05日

江戸時代の森林保護

八幡和郎氏の主張の胡散臭いのは、森林復興は明治以降になされたという主張部分。

神奈川県の丹沢山地には樹齢四百年の樹木があるのは、江戸幕府が一部の木の伐採禁止を徹底したからだ。

「悠歩悠遊:物見峠」

東丹沢県民の森案内図(考証林)。御林から御料林、そして県有林へ、「東丹沢県民の森変遷小史」

というように簡単にまとめられている。江戸時代に「丹沢六木」という指定がなされ、明治維新を経て、「御用林」「県有林」と変遷していった。

今の植生は関東大震災で崩落した後の移植が主だったが、敗戦後の国策でスギなどが増え、広葉樹に比べて樹間が隙間だらけになり、シカの跋扈を招くようになった。

《第11回 身近に残る大自然 神奈川県「丹沢」》

というように調べればわかる程度のことさえ無視しているのが八幡和郎氏。
里山の保護が厳しい監視のもとで行われていた地域もあるのに、日本全国が禿山っだったかのごとく書くにはいかがなものだろう。

戦国時代から江戸初期にかけて築城ラッシュが続き、木材の伐採が相次ぎ山は荒れたが、そのご元禄のころに丹沢が保護対象になっている。
木曾の檜だって領地にした尾張徳川家(尾張藩)が保護して売買に必要な檜の大木を確保していたはず。江戸時代といっても初期とそれ以降では情勢が異なる。故に江戸時代を一律に語る八幡和郎氏の論調はおかしい。


「日本人と木の文化」
「日本人と木の文化:第7章 木材供給の歴史12.木曽の五木」

「木曾谷-Wikipedia」

「本当は恐ろしい江戸時代」八幡和郎 、ソフトバンク新書
本当は恐ろしい江戸時代 (ソフトバンク新書)
ソフトバンククリエイティブ
2009-04-16

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posted by kurapat at 08:28| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日本史 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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