倉鉢徹のページ: 満洲と満州。表記が違えば意味も違う
 

2008年04月14日

満洲と満州。表記が違えば意味も違う

■新書などで出される太平洋戦争敗戦までの「満洲」を扱ったものは「満州」と表記したのばかりだ。
岡田英弘氏によれば、元々の部族名「満洲族」は「マンジュ」の音を漢字表記した「文殊菩薩」の別表記「満洲菩薩」をもとにしている。それが「満洲」という地域名称の由来。

つまり、「満州」と表記することは「国家」よりも下位の「州」と思わせる印象操作的扱いといえるかもしれない?

■以前「書評−遣唐使全航海」の中で紹介した、「渤海国―東アジア古代王国の使者たち 」では、日本から渤海へ派遣された使節も遣唐使にカウントする中国側研究者がいると紹介している。これは、漢人の樹てた中華帝国が支配できたことのほとんどなかった地域を「常に中華の一地方に過ぎなかった」と主張しようとする現代の中共の思惑(東北工程)に配慮した研究らしい。

■今揉めているチベットは満洲族の樹てた清帝国の皇帝を支配者として受け入れた同君連合の一領域ではあっても、漢人が中華から広げた帝国の一部に含まれたことはない。それ故に、「人民解放軍進駐」と呼んでいる占領の正当性を疑問視するのは当然の反応と言える。
ついでながら、内陸国家である「モンゴル」が今米国と接近し、軍人交流で対テロ訓練の多国籍展開などを行っているのは、かつて後ろ盾だったソ連が消えて新しいロシアは中共寄りで当てにならない。したがって、「国家の独立を維持し、中共の影響を遮るには米国に親しむしかない」という判断からとされている。


「渤海国―東アジア古代王国の使者たち 」上田雄、講談社教養文庫

渤海国―東アジア古代王国の使者たち (講談社学術文庫)上田 雄
講談社
2004-04



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posted by kurapat at 12:47| 東京 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 東アジア史 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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